人それぞれ適量っていうのがあるのは分かる(俺は甘いものはいくらでも!)
好き嫌いがあるのだって分かる(俺にとってガムは体の一部です!)
人によっては3食取らない人間が存在していることだって理解している(俺なんておやついれたら4食になっちゃうよ?)
それでもね、せめて2食は取るべきだと思うんですよ。
頭の活動を活発化させるためには栄養は当然しっかり吸収しなきゃいけないじゃんか。
ていうか人間が生きるために必衰行為!
ブラックコーヒーだとか、煙草だとか、ブラックコーヒーだとか、時たまロリポップキャンディー噛み砕いたりだとか。
そんなんでどうして倒れずにいられるのか不思議でしょうがない人が・・・・・・自分のまぁ恋人なら、うん。
――――心配じゃん?
「ジャン?」
「ちょっときゅうけーい」
という訳で、席を立った俺はダーリンを救済するために行動を起こすことにしたのです。
バタン、と後ろ手で扉を閉めた。
(さて・・・・・・どうしよっかな〜)
休憩宣言をして出てきた手前、最大1時間が猶予時間と考えるべきだろう。
仕事はいくらでも残っている訳だし、ダーリンの前髪の現状維持のためにもできれば早めに戻った方がもちろんいい。
だが、良い案がすぐに思いつけるほど俺の頭の回転率は速くない。さらにかなり苦しい勤務をしていた脳味噌は疲労困憊状態だ、
とても妙案が思いつくような奇跡は起こるとは思えなかった。
(と、なれば・・・・・・)
ふと耳を澄ます。
ボスと幹部たちの執務室が隣接されているこの階は、通常であれば静寂に包まれている。
幹部以下の部下たちは当然必要外の私語は慎み、完全防音加工を各部屋にされているにも関わらず、気難しい上司たちの目に怯える彼らは
靴音を大きく立てないように歩き方すら気を使っている者もいるほどである。
だが俺が今望んでいるのは、静けさではない。
願いを女神が聞き届けてくれたようにフロアに響く音に思わずパチリと指を鳴らす。大歓迎のサインだ。
「ビーンゴ」
やっぱり俺ってラッキードッグ?
たしかに届いた声は、予想通り過ぎて笑えるくらいだ。
さっそくとばかりに足早にその音へと近づいていった。
「はぁーいv みんなお疲れちゃーん」
広々とした休憩スペースには、
親父がベルナルドの意見を無視して強制的に購入させやがった豪奢なソファーセットが置かれている。
装飾が気に入っただとか何とか言ってやがったが、単にあれは家具屋の美人店主に進められるままに買ってしまったに違いない。
現に親父は一度座ったどうか、このスペースにやってくることもほぼないに等しい。
だが高い値段に見合うだけの最高の座り心地もしっかりとある訳で、親父が使用しないなら部下たちが使用するのは自然の流れと
いうやつだろう。
わざわざ自室から出てきてここで休んでいる幹部たちの姿は、最早見慣れていたが。
「・・・て、三人揃ってんのかよ」
てっきりルキーノだけかと思っていた俺は少し驚く。
ルキーノ、イヴァン、ジュリオ。
本部に同時にいることも珍しいが、仲良く・・・と呼べる雰囲気ではなくとも、こうして近しい距離で各々休憩している姿はもっともっと
珍しい。
煙草の煙を吐き出しながら髪を掻きあげて「よぉ」と笑うルキーノ。報告を終えたらしいルキーノの部下は一礼をすると、去っていった。
と同時に、上半身をだらりとソファに預け、眠りについていたらしいイヴァンは不機嫌そうに瞼を開けた。(だったら部屋で寝ろ、おばかちゃん)
さすがというか・・・俺が声をかけるよりも大分前から気づいていたらしく、ジュリオはソファから立ちあがって俺が来るのを待っていた。
「ジャン、さん・・・お疲れ様・・・です」
「お疲れ〜ジュリオ。どうした?ここにいるなんて珍しいな」
「あ、あの・・・部下からの、報告待ちで・・・ここだったらジャンさんに会えるかと・・・・・・」
しっぽと耳があったなら、コイツを愛玩動物として飼うことを即決定していることだろう。
頬を染める可愛い王子様の髪を撫でると、蕩けるみたいに瞳が揺れて、甘い微笑みになった。
「ふぁあ〜・・・ねみぃ・・・お前も休憩かよ?ジャン」
「外に残ってる雪にでもダイブしてこい、イヴァン。すぐに目ぇ覚めるぞ」
「俺もそれに一票〜」
ルキーノの提案に同意すれば、毎度のことながら外さずにテメぇ!と跳ね起きてくるイヴァンの単純さには拍手を送りたい。
俺は空いていたソファに座ると、起きぬけさっそくとばかりに俺に絡んでこようとするイヴァンを制す意味も含めてピシッと右手を上げた。
突然の行動に?と浮かべる3人を見回すと、「質問でーす」と普段の間の抜けた声を装って笑った。
「疲れた時にはどうするのがおススメですかぁ?あ、当然ですがとにかく寝るとか実行不可能なことは却下でお願いしまぁす」
自分で思いつかないなら、人から知恵をもらう。
イヴァンには期待してないけど、ルキーノはいいアドバイスをくれそうだし。
この時点ですでに5分程度の時間は経過している訳だし、早めにナイスなお言葉をお願いします。
「ハァ?なんだ突然・・・・・・」
短くなった煙草を灰皿に押しつけて、ルキーノが俺の瞳を覗き込んでくる。
まぁ隠せるとも思えないけど、触れずに頂けると有難い。
俺の顔色が普段と別段変わらないのを確認すると、人の悪い笑顔で豪快に髪を撫でられた。
「あれしかないだろ、甘える」
「アンタなぁ・・・・・・」
「でもまぁ疲れまくってんなら、甘えさせてやれ、以上」
これ以上話をすることはない、とばかりにコーヒーを飲み始めてしまったライオンには諦め以外の選択肢はないようだ。
溜息を零しそうになったところで、イヴァンが俺をじっと見つめていることに気づく。
「・・・お前、疲れてんのか?」
ルキーノと違って、やはりイヴァンはあっさりと勘違いしてくれる。
イヴァンの素晴らしさを実感しながら否定するのも面倒くさいので、俺はわざとらしくない程度に装う。
ちょっとなーと目元を抑えるアクションまで加えれば、心配げな表情にすり替わった。
「あー・・・そうだな、あれだ、暖かくした方がいい。ずっと動かずにいると血行悪くなるしな。湯船にちゃんと浸かって
マッサージでもしとけ」
なんというマトモかつ正論。でもたしかにそうだな〜ベルナルド、絶対シャワーだけで済ましてるだろうし。
ここ数日、机の前にほとんど座りっぱなしだもんな。
「じゃあ今夜はそうしてみるかね。サンキュ、イヴァン」
素直に礼の言葉を伝えると、照れ隠しなのかまた眠ろうと瞼を下ろしてしまった。が、ちょっと赤くなってますよ、イヴァンちゃん?
あとはジュリオから・・・と振り返ったところで、報告に来たらしい彼の部下の姿を見つけた。静かに一礼をした後、少し急ぎ足に
ジュリオに近づくと何かを小声で伝えている。
あまり良い報せではないらしい、僅かに持ちあがった眉がジュリオの感情を伝えてくる。
部下が数歩下がった後、向けられた寂しげに細められた瞳に「行ってらっしゃい」と笑いかけるとジュリオはこくっと小さく頷いた。
「はい・・・・・・行って、きます」
歩き出そうとしたジュリオが思い出したようにポケットからを何かを取り出し、俺に差し出す。
ぽとり、落とされたそれはあまりに小さく、だが今日は至るところで溢れているだろうもの。
「疲れた時は・・・甘い、ものが・・・いいと思います」
ハート形の可愛らしいそれを口に頬り込めば、あっという間に口内に広がる甘み。
「サンキュ」
チョコレート効果か動き出した脳が絞り出したアイデアに、残り40分を使って俺は準備するために行動を決意した。
きっかりギリギリ1時間。
予定時間内に戻れたことに安堵して、再び舞い戻った扉を前にさてはてと考える。
よし、護衛にはちょっと休憩に入ってもらうことにしよう。
扉脇にいた一人に「幹部筆頭と2人だけで相談したいことがある」と意味深に伝えれば、理解の早い男は深く一礼をし、すぐに
行動に移してくれる。
ノックをし、室内に入ったかと思えば、中にいた同僚たち数人を引き連れてすぐに戻ってきた。
「ボス、では我々は席を外させて頂きます。何かございましたらお呼び下さい」
「グラーツィエ。ベルナルドは?」
皆が書類の束を抱えながら出てきた姿に、比較的落ち着き始めていたはずの仕事状況がまた変わったのかと不安が過る。
まるで俺の心を読んだように、一人が笑みが浮かべた。
「ご安心下さい。これは元々あった書類ですので・・・・・・」
「もうボスやコマンダンテでなければ処理できないものは残っておりませんので、あとは我々におまかせを」
「どうぞお休み下さい」
チームワークというより、テレパシー能力でもあるんじゃないかと思える見事な連携プレー。
出来過ぎる部下たちに安心感を通り越して、おかしな疑念を抱いてしまいそうだ。
こういう部下たちに尊敬され、従えているベルナルドはやはり誰よりも出来る男・・・のはずなのだから、
あのくたびれた感を払拭して威厳を取り戻してもらわなければ。
部下たちにウィンクをして礼を伝えると、当然ノックはなしで俺はベルナルドの執務室へと侵入した。
「ただいまぁ、ダーリン」
まぁたブラックコーヒー飲んでるし。顔色も良くなさそうだし、疲れてますオーラダダ漏れだし?
良い男が台無しだっつーの。
そのくせ俺を見た途端、糖分詰めまくりみたいな笑みを浮かべるんだから、ホントどうしようもない。
「・・・おかえり、ハニー。寂しかったよ、今までどこに行っていたんだい?」
「ちょっとお出かけ。・・・わぁお、綺麗に紙のビルがなくなってる」
机上に敷き詰められていた書類の棟が消えている。部下たちがすべて持っていったのだろう。
これでは余程緊急事態でも起きない限り、休まざる負えない。ワーカーホリックのベルナルドにとってはこれくらいの方がいい。
少しでも仕事が残っていたならば手を出しかねないのは目に見えている。
上司の性格を熟知した彼らに、精一杯の賛辞を心の中で送った。
「見事に部下たちに持っていかれたよ。・・・で、人払いをされたのはなぜですか?ボス」
「それはもちろん、アンタを労うためさ、ベルナルド」
そのためにアンタを置いて出かけてきたんだから。
ベルナルドの執務室内にもソファーセットがある。黒一色のモノトーンのソファだが、革製でしっとりとした質感のそれを
ベルナルドももちろん、俺も気に入っている。
それに体を預ければ、慣れ親しんだその感触に体の力が自然と抜けて、安心する。
俺たち二人は、あの休憩スペースにはあまり行かない。
ここの方が落ち着くし・・・ダーリンは二人きりじゃなくても手ぇ出してきそうだし?
「ベルナルド、こっちきて」
自分の隣をポンポンと叩くと、ベルナルドは笑いを一つ零しながらも理由は聞かずに近づいてきた。
居座っていた仕事が姿を消したため、未だにしっかりと締めていたネクタイを緩めながら、
俺と同じようにソファの感触に安堵したような溜息を洩らす。
(そういえば・・・バタバタしてて、同じ部屋にいんのにずっと離れてたな)
仕事も怒涛のように追加されるし、部下たちもサポートで複数ずっとついていたため、こうして隣合って座ることも、なかった。
ふわりと鼻孔を擽るベルナルドの匂い。多分俺が戻る前に吸っていたのだろうか、愛用の煙草の匂いがいつもより色濃くその身に
纏っている。
・・・・・・胸が、騒ぎ出し始めた。
「・・・ベルナルド」
意識的に甘えるような声を出して、名前を呼んだ。ん?とこちらを見ているベルナルドの肩に頭を預けると、上目使いに
俺は笑った。
元々緩んでいた自分のネクタイを完全に解いて、抜き取る。シャツのボタンも何個か外すと、俺を横目に見下ろしていた
ベルナルドの瞳の色があからさまに変わった。
「ジャン・・・?」
欲を僅かに浮かべた、でも抑えている、少し低い声。
俺の行動を読もうとしているのか、アップルグリーンが深みを増した色になり、俺の顔と体をじっと見ている。
その視線にすら心臓がどんどんと煩くなっていきそうなので、俺は早々に行動を始めることにした。
薄く唇を開いて、ベルナルドの口元へキスを一つ。驚いた表情が可笑しくて、だが恥ずかしさに目元が染まっていることは
理解しながらも、胸元まで開いていたシャツの残りもボタンもすべて外した。
・・・・・・今日は甘えるんじゃなくて。
「ベルナルド・・・疲れてるだろ?」
「あぁ・・・クタクタだね・・・・・・」
「じゃあ・・・・・・したく、ない?」
「・・・なにを、だい?」
「疲れた旦那様を癒してあげたいんだけど・・・」
ソファに寝そべって、ベルナルドへと手を伸ばす。
こういうの、多分、コイツ好きだろうし・・・今日はサービス。
「・・・だから・・・・・・しよ?」
一瞬完全にフリーズしてしまったベルナルド。
あれだ、人間ていうのは予想外の衝撃に対して対応できなくなる瞬間というものが必ずあるらしい。
だがすぐに意識を取り戻したダーリンは、とても部下たちにはお見せできない笑みを浮かべると、俺へと覆いかぶさる。
言葉もなく、俺の耳元で笑い、ゆっくりと舌を這わされていく。
「・・・ん・・・・・ッ」
「ハニー、あんまり煽らないでくれ・・・今ちょっと危なかったよ・・・?」
指先はすぐに首筋から肌を辿りはじめる。細く長い指先、時折当たる指輪が冷たくて、肌が敏感に反応してしまうのが悔しい。
唇は髪に触れたり、目元、輪郭をなぞり、仕上げに頬をべろりと舐められる。
俺の行動の意味を図りかねている表情からすると、どうやら本当に忘れているらしい。ここ1週間は慌ただしかったし、
3日間はほぼ執務室に籠り切りで、曜日感覚も何もかもすっとんでいるのかもしれない。
「んぅ・・・だって・・・・・」
ぐちゃぐちゃになり始めているスーツのポケットからそれを取り出して、せっかく綺麗に施したラッピングを自ら乱暴に外す。
昨日の深夜、わざわざ作った甘さ控えめの、でもちゃんとハート形にしてあるのを見たら、ダーリンも分かるでしょ?
自分の口元に半分だけ入れて、「ほら」と目で合図をすれば、すぐにベルナルドの唇に奪われる。
「ぁ・・・ふぁ・・・お味は・・・・・いかが?」
「・・・おいしいよ・・・ん・・・ありがとう・・・ジャン」
チョコレートが綺麗になくなるまで、舌を絡めて、唇に残っていた残骸まで舐め取られて。
キスだけで腰まで響くってどんだけうまいんだか・・・久々だし、これから思い切り翻弄されちまうんだろうけど。
とりあえず、意識が溶けてってしまう前に。
「約束。今日はした後、しっかり風呂に入って、体温めて、食事もちゃんとすること。で、明日の朝までぐっすり寝ること」
そのために入浴剤も大量に購入してきたし、ベルナルドの好きな料理を作るために食材だって集めてきた。
・・・ついでに、シャワーも浴びてきたのは内緒。(っても、バレちまってるだろうけど)
「・・・仰せのままに、お姫様」
誰が姫だっつーの!言葉にならずに、それはベルナルドの唇へと吸い取られた。
心底幸せそうな・・・あぁせっかくの良い男なのに、ちょっと目が緩み過ぎよ、ダーリン。
でも俺は。
「最高のバレンタインだよ」
その緩んだ笑顔が見たかった。
気を張り詰めた仕事の顔でもなく、疲れ果てた幹部筆頭の見慣れた顔でもなく、ただのベルナルドの顔。
満足気に声を上げて笑うと、もう一つチョコを差しだした。