今日も、また。






扉を開けると、そこは薄やみに覆われていた。
大きなガラス窓に囲まれた広い部屋は日中であれば明るい日差しで溢れているが、 今は真逆だ。
もうすぐ日付の変わる時刻、街の光が僅かに照らすだけのここは、ひどく寂しい。
一つだけぽつんと置かれたいすの上で、青年は膝を抱えていた。
華やかに映像の中で微笑む彼とはほど遠い、けれども、これもたしかに彼・・・ きっと、これこそが本物だ。

「バニー」

声をかけても、彼は顔を上げなかった。
でも、拒否もしなかった。虎徹はゆっくりとした歩調で近づいていくが、 それでも彼は、何も言わず、肯定も否定もしない。
隣に座り、そっとその柔らかな髪に触れて撫でても、いつものように少し照れながら笑ったりもしない。
だが虎徹はここにいることを許されていることだけで十分だった。

「・・・すみません」

どれぐらい経ってからだろうか。
ようやく彼は声を発した。それでも顔は見せてはくれない。

「謝るのは、俺だ」

「違う、貴方じゃない・・・僕です」

頑に、僕です、僕なんです、と繰り返す。その度に、心臓がひどく締め付けられていく。
ギリリと、まるで縄に締め付けられるかのように。
虎徹は、違う、と彼の言葉を再び否定してやることができなかった。
そうしたところで彼はそれを受け入れない。そういう男だ、若く自分よりも一回り以上も 幼いはずなのに、傷を負うことから逃げたことは見たことがない。
彼の過去がそうさせたのだと考えると、どうしようもなく苦しくなった。

「救えなかった・・・」

数時間前、任務で訪れたのはブロンズステージのダウンタウン地区。
NEXT能力を持つ者の暴走により、現場に到着した時には道路に瓦礫の山が出来上がっていた。
その根源である、瓦礫の中心にいる年若いだろう女性が泣き叫ぶ度に青白い光が幾重にも広がって、それに触れた物質が歪み、崩れる・・・広範囲ではないが、近距離にいれば危険度の高い能力だ。
『裏切られた、信じられない』と零しながら、周囲のものが壊していく。
不用意には近づけない、かと言ってヘタに声をかけては感情を高ぶらせてしまうだけだ。
すでに近隣住民の避難は済んでおり、倒壊した建物の中で閉じ込められ逃げ遅れていた人々も虎徹により救い出した。
あとは被害は最小限に抑え、女性を捕獲することのみだ。
彼女の能力により建物が破壊される前にブルーローズが周囲を凍らせて被害を防ぎ、バーナビ―が繰り返し説得を続けている。
最初は耳を傾けていなかった女も、時間が経過していくごとに少しずつだが感情が落ち着き、能力の効果も減っていった。
もう一歩だった。ゆっくりと近づいていったバーナビ―が彼女に手を伸ばす。
瞬間、女の表情が一変した。
バーナビ―を見ていない、もっと奥のどこか・・・バーナビ―が振り向くと、少し先に若い男が腰を抜かして座り込んでいた。ガタガタと震え、視線は確かに彼女へと向いている。
今までどこかに隠れていたのだろうか、周囲の騒ぎが落ち着いたのを見計らって逃げようと出てきたのかもしれない・・・タイミングは最悪だったが。
ぶわっと、女から溢れだす光。怒り、悲しみ、憎悪、膨れ上がった感情は、あの男一人に向いている。
バーナビ―以外のヒーローが男の保護へと走り寄る。
女に再び声をかけようとバーナビ―が口を開いた時、男が叫んだ。
化け物、と。

いうなれば、小さな爆弾が爆発したようだった。
女は発狂したように叫び、同時に光が全身から溢れだした。
発火スイッチを押したとも言える男はヒーロー達により守られたが、犠牲はゼロではなかった。
建物が崩れていく・・・その中でバーナビ―が見た光景は、瓦礫になり塵となっていくその先に、路地裏に隠れていたのだろうストリートチルドレンの姿が現れる。
小さな体、驚きに染まる瞳、涙を零す表情。バーナビ―の手が届く前に、少女は消えた。

「守れなかった・・・もう少し早くあの女性を保護していたら・・・あんなことにはならなかったのに・・・」

嗚咽が聞こえる。泣いている、この男が。
どうしようもなく体が震えて、心が震えて、虎徹は未だ膝を抱えたままの青年を抱きしめた。

ヒーローの仕事に誇りを持っている。でも、すべての存在を救えるという理想を、当の昔に虎徹は諦めていた。
若い頃はそれこそ今のバーナビ―以上に泣き喚き、自分の無力さを呪っていたが、今は目の前で誰かを救えなかったとしても涙を出なくなってしまった。
だからこそ、こうして感情のままに涙するバーナビ―に、胸が焦がれる。
自分の失くしてしまったものを持つ純粋な、不器用な男に。
その痛みを少しでも救ってやりたいとも思う。

「お前が悪いと言うなら、ヒーロー全員の責任だ。そして、俺の・・・」

「っ、違います!!」

突如、バーナビ―は声を荒げ、顔を上げた。
涙の跡が残る顔、その上をなぞるようにボロボロとまた新しい涙が零れていく。
あぁ、こんな時までこの男は綺麗だな、と虎徹は見惚れた。

「貴方じゃない、僕だ・・・貴方は、僕を信じてくれたのに・・・っ!!」

「バニ―・・・・・・」

縋りつく手。怯える瞳。
目元をそっと指先で拭ってやった。

「僕はひどい男です。名も知らない少女を死なせてしまった、不慮の殺人者を生んでしまった・・・それはひどく苦しい・・・けれどそれ以上に、貴方に見放されることが怖いんです。貴方があの時力を出さずに見守っていてくれたのは、僕を信じて、任せてくれたからでしょう・・・?虎徹さんが信じてくれたのに、僕はそれを裏切った・・・」

ゴメンナサイ、と何度も繰り返しながら、胸元に顔を埋めた。
自分よりも大きいはずの体は震え、助けを請うばかりだ。

「どうか僕を見捨てないで下さい・・・貴方がいないと、僕は・・・・・・・」

「大丈夫だ、バニ―。俺はずっとお前の相棒だし、お前の傍から離れねぇよ」

「虎徹さん、好き、好きなんです、愛してます、貴方がいないと僕は、」

「あぁ、俺もバーナビ―が好きだよ」

抱きしめて、柔らかな髪にキスを贈る。何度も何度も。
まるで、懺悔のようだと、虎徹は心の中で笑った。

(違うよ、バニ―。俺が力を発動していなかったのは・・・・・・・・もう力がなかったから)

グッと拳を握りしめる。
しばらく前から確信し始めた能力減退は日に日に進行し、今ではもう4分も持たない。
逃げ遅れた人々の救出の時点で、虎徹の能力は切れてしまっていた。
きっと今日の能力使用でまた減退していることだろう。
バーナビ―に能力減退のことを伝えるべきかどうか、何度も考えた。だが、伝えた結果、あるのは彼の傷つくだろう顔と、自分の引退が速まるだけだ。
伝えないことを選んだのは、ただの、自分のエゴだ。

(ゴメンな・・・お前の傍にいたい、本当にお前の傍から去らなきゃいけないギリギリまで、お前の、傍に)

(お前がいないと、俺は)

「ゴメンな、バニ―」

バーナビ―をそっと抱きしめて、虎徹は泣いた。







今日もまた、誰かを救い、誰かを失う。
その度に心の傷は増え、目の前の美しい男は泣くだろう。
そして、俺は懺悔しながらも、お前の傍から離れないために嘘をつき続けるのだろう。
お前が気づき、俺を捨てる、その日まで。



Craven liar
(憶病な嘘吐き)














 END.










兎虎です。私は兎虎です。
大事なことなので2度でも3度でも言います。
大好き過ぎておかしくなります。
今度は甘いの書きます。




2011年9月21日