真っ青な空が見下ろしている。
雲もなく、風もない。
崩れ落ちた瓦礫、数週間前までは人で溢れ帰っていたはずのここは、 ただ静かだ。
荒廃した場所の中で辛うじて形を残していた階段へと座り、瞳を閉じる。
バーナビーの心音も、ひどく穏やかに刻まれていた。
終わった、とは思っていない。
ただ、確かに一つの区切りはついた。
ウロボロスの正体はおろか、そのかけらさえも掴めてはいないのが現状だ。
マーベリックはあの夜自らの記憶を破壊し、そしてルナティックに殺された・・・あれ以来、 自分を含めヒーローたちはもちろん、警察などの機関も捜査に乗り出しているが、 未だに情報の一つも湧いてこない。
きっと、現状を打破することはしばらくは不可能だろう。
諦めではなく、この機会に情報を漏らし潰されてしまうような組織であれば、何十年も 維持し続けられるはずがない。
世間の目が離れていき、人々が事件のことを過去にし始める頃にこそ、ウロボロスの 活動が活発となり、そして、バーナビーにとってのチャンスでもあるはず。

(父さん、母さん・・・)

思い浮かべるのは、鮮やかだった幼い日々。
あの頃はすべてが満たされていた。笑いあって、愛されて、ただ幸せだった。
そして・・・すべてを一瞬にして失った夜。
あの日から世界は色を失って、バーナビー自身もまた心を失った。
一度失ったそれらを再び取り戻すことは永遠にないと・・・いつか犯人を捕まえた時、唯一の目的を失った自分の世界は今度こそ崩壊し、生き方にすら迷走するのだろうと思っていた。

だから、本当に、驚いた。
穏やかに、笑えていることに。
自分としての生き方を、未来を考えることが、僅かな不安と、それを上回る期待がたしかにあることに。

(貴方達は今の僕をどう思いますか?)

ふわり、と風が吹いた。
柔らかく頬を撫でた風に、笑みが零れる。
なんと良くできた偶然だろうか。

(えぇ、生きます。やるべきこともやりたいことも、守りたいものもできましたから)

見守っていて下さい。
そう心の中で零して、瞳を明ける。
どこまでも広く、青い空・・・頭の中にあるイメージが沸き上がって、すぐさまそれに脳が埋め尽くされて。どうしようもなくあの人に会いたくなった。

また風が吹く、今度は先程よりも少し強く、埃が中を舞った。思わず瞑ったバーナビ―の耳に、じゃり、と土を踏みしめる音と。

「元ヒーローが立ち入り禁止区域にて発見」

聞きなれた、心地良い声色が届いた。

「・・・虎徹さん」

目を開けると、悪戯が成功した子供のように笑う男。
つい数分前まで頭の中で描いていた姿が現実に現れて、なんて都合の良い現実なんだと・・・嬉しくて、笑う。

「なんだよバニ―ちゃん、良いことあったのか?」

「えぇ、もちろん・・・貴方に会えましたから」

もちろん冗談などではなく素直に口から出た言葉だったのだが、虎徹は僅かに目元を染めて、視線を彷徨わせている。

「お前・・・恥ずかしいやつ・・・」

「本当のことなんですけどね。・・・・・・ところで、こんな場所までどうしました?元ヒーローさん」

意趣返しのように皮肉を交えると、ちょっとだけ悔しそうに睨まれた。
それにすら心が浮き立って僅かに声を洩らして笑うと、虎徹はバーナビ―の隣に勝手に腰を降ろしてしまった。
目線はバーナビ―に向けることなく、荒れた土地をぼんやりと眺めている。
一般人の立ち入りを防ぐための「KEEP OUT」と書かれたテープが幾重にも張られ、そしてその周囲には警察の人間が等間隔に立っている。
ここ・・・ジャスティスタワーも崩落などの危険はないが、調査を行うためにこうして未だに修復の手は入っていない状態だった。入れるのは警察関係者とヒーロー・・・そして、元ヒーローであり事件の当事者でもあったバーナビ―と虎徹だけだろう。

「お前がここにいるかと思ってさ」

「僕が会いにこないから不安になりました?」

「・・・だって3日も連絡ねぇんだもん・・・それに・・・・・・」

「今日、帰ってしまうんですよね。当然覚えてますよ」

虎徹が続けるだろう台詞を先に告げると、彼はバーナビ―の方へとようやく向き合い、しかし困ったように目線を彷徨わせている。

「もちろん会いに行くつもりでしたよ・・・しばらく会わなかったのは、慣れておかないとダメになりますから、僕が」

虎徹は今日、シュテルンビルドを去り、娘の楓たちのいる故郷へと帰る。
毎日当然のように会っていた今までとは違う。会いに行けない距離ではないが、それでも話すことも触れることも格段に少なくなるのは目に見えている。
帰る日が決まってからというもの、ヒーローという職をお互い去ってからはほぼすべての時間を共に過ごすことに注いでいたと言ってもいい。
何度も触れ、キスをして抱きしめていたというのに、パタリと三日前から連絡もせず会いもせずにいたのは、この存在が遠くなってしまうことを考えての上だ。
離れていくことが寂しくて、飢えてばかりの姿を年上の恋人に見られたくはなかった。

「会いに来いよ・・・・俺も、その・・・行くし」

「そんなこと言って、あなた楓ちゃんを優先するでしょ。まあ将来的にあなたの時間すべて頂きますから、それまでは我慢しますよ」

「っ、お、まえ・・・!」

「フフ・・・顔真っ赤ですよ、虎徹さん・・・僕はしばらく一人でこれからどうするか考えます。ウロボロスのことを諦めた訳でもありませんし、どう追っていくか、どう生きていくか考えて・・・そしたら、あなたに会いに行きます」

まだ赤みを残す虎徹の頬へ指先を伸ばし、するりと撫でた。
ピクリと震える動作が愛しくて、目元、口元と、指先を移動し、何度も触れる。

「あなたを失ったと思った時、僕の世界は今度こそ真っ暗になった。本当に・・・あんな思いは二度とごめんです。僕は僕の大切なものを二度と失わない。あなたのそばで、あなただけは守ると決めたんです」

「バニ―・・・」

「だから、強くなります。あなたに守られるんじゃなく、守る男になります。ここに来たのも、それを誓うためですから」

驚きに染まった表情、けれどすぐに虎徹は柔らかく微笑み、バーナビ―の手に自らの手を重ねた。
その感触、暖かさ、この人のどこに触れても心臓のあたりが暖かくなる。その感覚をバーナビ―は気に入っていた。

「言っとくがなバニ―。俺はヒーローだから、守られてるだけはしょうに合わねぇ。お前がダメだって言っても、俺はお前を守るし、傷ついてる誰かがいたら勝手に体が動いちまうぞ」

「知ってますよ、あなたは根っからのヒーローですからね」

誰を守るではない、この人はすべてを守ろうとする。その志は一生自分には持ちえないものだろうとも思う。
例えヒーローという職を離れても、この人はいつまでもヒーローだ。
だから――――――分かる。
虎徹自身よりも、この確信は絶対だと言いきっても構わない。

「あなたはヒーローです。きっとそう遠くないうちにあなたはここへ戻ってきます」

逸らすことなく、真っ直ぐに見つめる。
パチパチと瞬きを繰り返した男は、口を尖らせながら抗議を始める。

「能力減退してるけど」

「関係ありませんよ、あなたヒーローですから」

「とても1部リーグじゃ無理だろ」

「いいじゃないですか2部リーグでも何でも」

「・・・・・一人じゃ、無理だろ」

最後の言葉に、バーナビ―は声を上げて笑った。分かってて言っているのか、当たり前過ぎる言葉を言わせたいだけなのか。
少し不安げに見上げてきた瞳に、あぁただ確認したいだけなのだと悟った。
先程も何度も言ったというのに。

「何言ってるんですか、その時は当然僕もヒーローに戻りますよ。だって、あなたの相棒ですから」

不安の色は消え、満足そうに溶けた蜂蜜のように瞳が揺れる。
その姿に衝動的な欲求がこみ上げて、繋いだままの手を引き寄せて抱きしめた。

「あなたが守るものがこの世界すべてとでも言うなら、僕はあなたを守ります。守ってばっかりのあなたを守るヒーローが一人くらいいても構わないでしょう?」

「なんだよそれ・・・ったく・・・」

呆れと、嬉しさに溢れた表情。声は上擦ってしまっているのがバレバレだ。

「でも、まぁ、悪くねぇ」

「そうですか」

珍しく自ら身を擦り寄せる虎徹の髪を撫で、キスを一つ贈る。
目元がまた赤くなったが、拒否はなかった。

「俺のヒーローってことだろ?バニ―ちゃん」

照れながらキスの合間に紡がれた言葉に、二人は笑って、頷く代わりにバーナビ―は深く口付けたのだった。



それはひどく身勝手なヒーロー
(この会話が現実となるまで、あと)














 END.










衝動的に書いたら、今度はこうなりました。
いい加減、計画的に書こうと思います、今度こそ(多分無理だ)
エロもね、書きたいんです。今度、今度。




2011年9月25日