一瞬の閃光の後、それを合図として始まる光の連続。
一定のリズムを持って機械音と共に発光する周囲、それ以外の音は特にない。
俺を無言で見つめてくる人間の静かな熱みたいなものはたしかに感じるが、あまり気にはならず、 ただ俺はその音に合わせて、自由に動くだけでいい。
何時間経っているのか考えることは放棄して、いや、そもそもそんなことに脳が動くこともなく、 俺はその光の中に身を置き続ける。
睨みつけ、髪を掻きあげ、時に突然座り込んだりしてみたって、誰も何も咎めやしない。
それどころか、どこか面白そうに笑って、追いかけてくる。

「しっつこいな〜」

だから今日も倒れ込んだ俺を覗き込んできたしぶといそれに、何だか可笑しさがこみ上げてきて、 見上げると共に笑みが零れた。
途端に、光の嵐が加速する。
ファインダーの向こうにいるおっさんの口元が少しだけ笑っていたようだったから、 俺の行動は正解だったようだ。

「・・・・・終了だ」

光が急に途切れた。
ぼそりと告げられたおっさんからの一言に、がばりと起き上がり、思い切り伸びをする。
すでに俺に背中を向け、機材の撤収の指示を初めている背中に、いつも通りの挨拶を。

「お疲れ様でーすっ」

眩い光と、与えられる様々な服。
時に望まれるように、時に自由に、その切り取られる「写真」という世界で自分を主張する。
それが、俺の仕事。
緩めに締めていたネクタイを取り外しながら、この生地の価値すら分からなかった過去がどこか遠くに感じてしまう。
―――所謂、モデル、という職業について、1年ちょっと。
俺をこの世界へと引き込んだ男にウィンクをして、俺は笑った。






ハッピースター







「お疲れ、ジャン」

スタジオの隅で撮影風景を見ていたベルナルドがカメラマンのじっちゃん(なんて気軽に呼べや当然しないけれど、 実は気さくでいいじっちゃんだから、心の中ではそう呼んでる)との挨拶を終えて、俺の元へとやってくる。

「・・・どうだった?」

「上々。良いのが撮れたとご満悦だったよ。さすがだな」

「・・・・・そっか」

さっきのじっちゃんの様子から悪くはないとは感じていたけれど、それを肯定する言葉に俺は安堵の声も洩らした。
ふわりと優しげな仕草でベルナルドが俺の髪に触れる。よくできました、と褒めるだけにしては、その指先は優しすぎる。
ついでに言うなら、目がアウト。甘さダダ漏れ。・・・・・ここはどこですか?おじさま。スタジオの隅っこですよ。
隅っこでもスタジオですよ。
まぁみんなカメラチェックか、撤収準備してるから、こちらに意識を向けている人間はいねぇみたいだけど。

「こぉら、なにしてやがる」

「本当にお前はすごいな、と思ってね」

「・・・お褒めの言葉どーも、マネージャーさん」

パチリとウィンクをひとつ返しつつ、俺の頭を撫でていた手をそろりと掴んだ。
僅かに力を加えると「何だい?」と笑みを浮かべながら、俺の方へと少し身を寄せた。
にやりと笑って、意趣返し。

「ご褒美のキスは・・・?ダァリン」

潜めながら、甘ったるい声で、ちょっと上目使いに強請ってみれば、甘さダダ漏れだった瞳にちょっと危ない色が混じった。
フフ、と声を洩らし、「控室へ」と囁かれ、暖かった手が離れていく。それに僅かに寂しさを感じそうになりながらも、 前を行く淡い髪の男を追った。


ベルナルド・オルトラーニ。
元、モデル。現、俺のマネージャー。
俺を見つけだし、俺を育て上げ、俺をこの世界へと引きいれた男。
ふわりとした柔らかな長髪、細いけれど綺麗な筋肉のついた長身の体躯、理知的な印象を与える整ったマスク。
シンプルな華美ではないスーツを着ているが、 今にもステージに戻れそうな程度には人目を常に引いている。
整った鼻筋のラインや、薄い唇も気に入ってるけれど、やっぱり一番はアップルグリーンの瞳。
今は眼鏡をかけているため、ベルナルドの素顔を見る者は例外を除いていないに等しいが、モデル時代には素顔で 紙面を飾っている姿は鮮明に記憶に残っている。
まぁでも、元々俺は雑誌もあんまり見なかったし、そもそもベルナルドが契約していた雑誌というものは、 どれも一般向けというよりは、上流向けのものばかりだった。
それでも、雑誌が並んだ中でほんの一瞬目にしていただけの 彼の飾る表紙は、興味を持っていなかった俺ですら惹かせる輝きを持っていたのは確かだ。
華やかさ、だけで言うならば、もっと秀でた人間がいるだろうとは思う。
それでも、心惹かれる、彼独特の輝きが確かにあるのだとも知っている。
・・・俺の隣にいる今でも、いつだってその事実を実感しているのだから。
悔しいから、言うつもりはもちろんないけど。

(さっきだって、ベルナルド見てる人間が何人いたか・・・・・)

引退し、一マネージャーとなった今も、ベルナルドのファンは多い。多すぎるほどに。
撮影現場に行けば、たくさんの視線に追いかけられているし、彼を元いた場所へ戻そうと誘いをかける人間も、後を絶たない。
成功する人間なんて限られている・・・ましてや去った者はすぐに忘れられていくのが当然のこの世界に置いて、それは希少だ。
いつだってこの男は、完璧な営業スマイルでそのすべてを断ってはいるけれど。

(・・・本当は、どう思って・・・・・)

「ジャン?」

扉が閉まる音に続いて呼ばれた自分の名前に、いつの間にか控室にまで戻ってきたことを理解した。
ベルナルドはぼんやりとしていたらしい俺の様子を伺うように見つめていている。

「・・・いや、なんでもねーよ」

いつも通りの笑顔を浮かべて、窮屈に感じていたシャツのボタンを上から3つ外した。
ベルナルドほどではないが、この職についてから少なからず以前よりも表情を作るのがうまくなったと感じている。
まだベルナルドの視線が注がれているのは気づいてはいたが、知らないふりをしてソファへと座り込んだ。
緩く整えられていた髪も手串でいつものラフな髪型に直すと、ようやく元の自分に戻ったような感覚がして、小さく息が漏れた。
明日も朝からロケでの撮影があったはず・・・日が上がる頃には起きなければいけないと考えたら余計に疲れが増した気が する。

「なぁベルナルド、明日って・・・ッ!」

振り向こうとしたジャンの動きが止まった。
暖かな体温と、心音が伝わってくる。同時に香水の香りと、僅かな煙草の香りも。
後ろから伸びてきた腕はひどく優しく、振りほどけばすぐに逃げられそうなのに、いつだってそうだ。
この腕に抱きしめられると、どうしようもなく満たされて。

「明日は日の出くらいに起きて向かわないといけないからね。すぐに帰って寝ないといけないんだけど・・・ ジャンがそんな顔してたら、俺は安眠できそうにないんだけど?」

耳元で囁かれる声は甘いのに、この腕ほどには優しくない。
嘘を告げたところで、きっと騙されてはくれないだろう。本当に思っていたことを伝えない限り、きっと両腕は離されることは ないに違いない。

「知ってるだろ?―――――今の俺は、お前がすべてなんだよ」

一呼吸置いてから低く囁かれた言葉に、ジワリと胸に何かが這いあがる。
それは先程感じていた不安が、ゆらりと揺れて消えていく感覚。

ベルナルドとジャンが恋人という関係になってから、何度か告げられているその言葉。
軽口を言い合うだけの、純粋にマネージャーとモデルだった時から感じていたことだが、ベルナルドは何か執着できるものを 探していたのだと思う。
初めて出会った時のことを思い出せば、その考えは間違いではなかったはずだと感じる。


『君の、名前は?』

『ジャンだよ、ジャンカルロ』

『ジャン・・・・・』

噛みしめられるように復唱された名前。ジャンを見て、微笑み、色を変えたグリーンアップルの瞳。

『―――――見つけた』

あの時の泣き出しそうな笑顔は、後にも先にも、一度だけ。
いくら月日が経っても、あの表情は忘れられない。
紙面を飾っていた、自信に満ちていた笑顔とは程遠い、儚くて、消え入りそうな笑顔を。

ベルナルド曰く、あの瞬間がお互いの初めての出会いではないらしく、それ以前からジャンのことを何度か見ていたらしい。
いつからだよ、と追及しても、のらりくらりと交わされて、明確な答えはもらえたことは未だないが、 何度めかの問いかけに「・・・ずっと探してたんだ」と彼は笑った。

「・・・ちょっと、不安になっただけ」

ベルナルドとの今までの出来事を考えれば考えるほど、自分の感じていた不安は杞憂にしかないと思えてくる。
ジャンと出会い、モデルの世界に引き込んだベルナルドは、その後早々に自分は現役を引退してしまった。
そうしてマネージャーとなって、モデル時代に得たパイプをフルに活用し、ジャンを育て上げることだけに力を注ぐようになって いった。周囲はベルナルドの変貌ぶりに驚くものが大半で、批判する人間も少なからずいたことも確かだ。
当然だとは思う。何の経験もない、プロのスカウトが見つけ出してきた訳でもない、素人一人のためにどうしてそこまでするのか ジャン自身、最初は理解できなかった。
だが、心底嬉しそうにベルナルドは笑う。笑って、ジャンの心の揺らぎを消してしまうのだ。

「また、バカな発言でもしてる奴でもいたか?俺の見つけ出したジャンを理解できないなんて、 本当に愚かしいな。大丈夫、いつも言ってるだろ?お前は誰よりも輝けるよ、ジャン」

愛しさを詰め込んだような飴玉みたいな甘い声で、でも同時に絶対の自信を感じさせる声で、今日もベルナルドは笑った。
そっと見上げたベルナルドの瞳はジャンだけを確かに見ていて、僅かに残っていた不安も消えていく。

「―――アンタがこうして傍にいてくれれば、な」

「当たり前だろ。俺は、お前を育てる権利を誰にも譲る気はないよ・・・もちろん、恋人の位置も、ね。ジャンが俺と共に この世界に来てくれることを決めてから、俺の世界はお前だけなんだから」

知っているだろ?と囁かれた声が、染み込んでくる。
ベルナルドとジャンを囲む世界は広く、あまりに多くの人間と関わり続けていくのは必然で、様々な不安が消えることはないだろうけれど、 きっとこうして打ち消していける。
ジャン自身の成長と、共にいるベルナルドによって。
それに、仕事も増え、オファーも契約数も確実に増えてきているが、ジャン自身、もっと上へいきたいという気持ちがある。
今はまだまだでも、目標は、高く。

「アンタを追い越してやるから、覚悟しろよ」

「一日でも早くその日が来てほしいね。お前なら、きっとすぐだろうけどね」

どこまで自分のことを過大評価しているのかと問いただしたくなるが、ベルナルドはいたって真剣だ。
それが嬉しいのと照れくさいのが混じって、いつもジャンは反応に困る。
けれど、その言葉が現実になった時、誰よりも近くで、誰よりも共に喜ぶのがこの男に違いないと思えば、 その日が楽しみでしょうがない。

「ハハ・・・!じゃあ特等席で見ておけよ」

楽しげに頷いたベルナルドに、両腕を伸ばして、引き寄せた。
他人にはまだ夢に近い戯言に聞こえるかもしれないが、二人には現実感に溢れた未来に違いない。
その日を思い浮かべて、声を上げて笑い合った。

「ところでダーリン、ご褒美のキスは?」

「いくらでも・・・ハニー」








 END.









モデルネタを書きたかったんです・・・結果撃沈orz
機会があれば続きを書きたいです。
読んで下さって有難うございました。



2010年6月1日