パァン、と小気味良い音が響く。
次いでカラフルな紙が降り注ぎ、その柔らかな金の髪と、真っ白な床を彩っていった。
見慣れた仲間の笑顔に囲まれた今日の主役は、僅かにだけその光景に瞳を驚きに染め、 しかしすぐにふわりと緩んだ。

「ハッピーバースデー!バーナビー!」

ヒーロー仲間はとびきりの笑顔を浮かべ、お祭り騒ぎのパーティーは始まった。





10月31日は、KOHことバーナビーの誕生日だ。
素顔を晒してヒーローを始めたバーナビーは、プロフィールも一般市民に当然公開されている。
誕生日が近づくにつれ、街を歩けば市民から数え切れないほど話題を振られ、雑誌のインタビューでももちろん、 テレビ出演をすれば「予定は?誰と過ごしたい?」とどこの番組でも聞かれた。
元々自分の誕生日にはまったく興味も感慨もなくなっていたバーナビーだが、ヒーローになってからというもの、 誕生日が近付いているということを嫌でも実感せざる負えなかった。
営業用の完璧な笑顔を浮かべて、インタビュアーの質問に「残念ですが、特には」と返していたのは何年前だっただろうか。
一度は引退したヒーローへ2部から復帰し、その後すぐに元いた1部リーグへと返り咲き、 あっという間にKOHへと駆け上がったのはつい先日。
今年の誕生日は?との質問に、バーナビーは以前と変わらぬ笑顔で、以前とは180度真逆の回答をした。
「えぇ、予定はありますよ。大切な人と過ごす約束があるので幸せです」と放たれた言葉が街中が騒ぎ立て、 連日テレビはバーナビーの恋人の話題で持ちきりだった。

「飲んだ〜飲み過ぎたぁ〜」

いつもはがらんとしたバーナビーの部屋には、現在様々なものが散らばっていた。
缶ビールにワインボトル、空のグラスに、食べかけの食材が残った皿。
お子様が持ち込んだと思われるカラフルな菓子のパッケージも至るところに落ちている。
先程までは完全防音のこの部屋を最大限に利用して、ヒーロー仲間で騒ぎまくった。
スカイハイはどうやら酒が過ぎると悪酔いをするらしいことを今日初めて知った。
ワインボトルを何本か開けたところで、 穏やかに笑いながら「スカイハーイ!」といつもの決め台詞を叫んだかと思うと、綺麗な夜景の見える窓に向かって お得意の能力を発動しようとしたから、途端にヒーロー全員が彼に飛びかかる事態となった。
イワンは未成年ではあるが半強制的に軽くだけ飲まされ、しかし残念なことにものすごく酒に弱い体質らしい。
ほんの数口ビールを飲んだだけだと言うのに、頬を赤く紅潮させ、突然ボロボロと泣き出したのである。
どうしたのかと慌てて声をかけると、「どうせ僕は見切れるばかりです・・・」と延々と愚痴り始めてしまった。
それを必死にフォローしようとする周囲のメンバーのやり取りは・・・何というか、見事に咬み合わず、滑稽でおもしろかったが。
そんな問題者はいたものの、なんだかんだで楽しかったし、 本日の主役である男も、普段とは違うお祭り騒ぎを楽しんでいたはずだ。
呆れるように、たまに微妙に辛辣な言葉を交えながらも、終始その瞳はひどく穏やかに笑っていたのを虎徹は見ていた。
あと数時間で、この「夜」が終わる・・・まるで見計らったように騒がしかった仲間たちが突然帰っていったのは、 大人組・・・というよりネイサンが最初からその計画だったようである。
「じゃあ、楽しんで」と意味深な笑みと共に仲間たちを引き連れて颯爽と帰っていった。
残ったのは突然訪れた静寂と、程良く酔いの回った体。
慣れ親しんだ香りと、隣の青年の存在。

「なぁ、バニ―」

「なんですか、虎徹さん」

当たり前のように、名前を呼ばれるようになった。
初めはそれが慣れなくてくすぐったくて仕方なかったのに、今では体に自然に沁みていくその響きがたまらなく愛しい。
でも今夜は、その中に少しばかり拗ねた音が入っていることにも虎徹は気づいて、酔いに浮かされた頬をさらに染めながら、 バーナビーとの距離を詰め、その腕に自分の両腕を絡みつけた。

「・・・もしかして、ちょっと怒ってる?」

上目使いに問いかけると、少しだけ困ったように目尻を寄せながら、フゥ、と溜息を一つ洩らす。
それから、チュっと、虎徹の髪にキスを落とした。

「拗ねてますよ、悪いですか。昨日からずっと仕事で貴方と二人きりになれなかったんですよ?今日の夜は、貴方とようやく二人きりに なれると楽しみに待っていたのに・・・」

まるで子供のような振舞いが恥ずかしいのだろう。虎徹と目線を合わさないまま、バーナビーはそう零した。

(可愛い・・・)

言葉にしたら怒るだろうから、虎徹は心の中で笑って、愛しさに胸を暖かくした。
何者にもとらわれず、何事にも執着せず、ただ復讐にだけに囚われていた男が、こうして自分にだけに向ける熱が心地よくて たまらない。

本当は、虎徹だって、バーナビーと二人で祝いたかった。
だけど、当の昔から誕生日前日も当日も仕事はぎっちりと組まれていて、二人になれるのはこの夜だけ。
だからこそ、その時間をずっとバーナビーは待ちわびていたはずだし、それは虎徹も同じだ。
出動要請が出ないことをずっと前から虎徹が祈っていたことを、バーナビーは気づいていないのだろうか。

「ワリィ・・・でも、バニ―ちゃん、俺だって怒ってるんだけど?」

腕にギュッと僅かに力を加えると、驚いたようにバーナビーはようやく虎徹の方を向いた。
何がですか?と、もう一度、今度は目元にキスをされる。

「この前の、問題発言の件」

「・・・?」

「過ごしたい人がいる、って言っただろ」

「・・・・・あぁ」

どうやら彼にとっては、問題発言とは感じていないらしい。
それのどこがいけなかったのですか、という表情のまま、虎徹の言葉を待っている。

「その発言の後、どうなった?」

「そうですね、僕の恋人詮索にマスコミも世間も躍起になっているそうですね。ロイズさんに少々小言を言われました」

バーナビーは思考を巡らせた後、ようやくその事実を思い出したらしい。
それもそうだろう。元々彼は自分のことに頓着もないし、それ以上に世論に興味がない。仮に自分を侮辱するものがいたならば 反応もするだろうが人気絶頂のKOHを称えること以外をマスコミもしたことはない。
出る番組、出動後のヒーローインタビュー、虎徹と共に街を歩いていた時。
『恋人は誰になんですか?』
どこへ行っても質問しつくされたというのに、バーナビーの中では気にする事項にすら上がっていなかったようだ。
いつでもバーナビーは『素敵な方ですよ』と微笑みながら、チラリと虎徹の方を必ず見ていた。
その度にひやりと胸が縮み上がっていた虎徹の心情を少しは察してほしい。

「お前・・・その後、どうなったか知ってるか?」

「いえ・・・雑誌もテレビもほとんど見ませんから。あぁ、虎徹さんの特集が組まれてるものは、もちろんすべて録画も購入も していますよ?」

完璧なハンサムスマイルで告げられた事実は恥ずかしいが嬉しいものだが、今の要点はそこではない。

「・・・お前の恋人候補、いろんな奴が上げられてた。女優やら、モデルやら、果てはお前が以前に助けた一般市民まで。 みんな綺麗な人ばっかりだった・・・」

ザワザワと波打つ心。隣にいるのは、自分。けれど、誰も虎徹の存在に気づかない。
当然だ。男で、ヒーローで、相棒で。それ以上の存在だと誰も思わない。
誰かに認めてほしいなんて、思っていない。そんな風に願ったことが一度もないと言えば嘘になるが、バーナビー自身が望んで 自分の傍にいてくれるなら、いい、のに。よかったはずなのに。
この人がお似合いだ、と様々な女性がテレビに映る度に、あぁ確かに、と思ってしまう自分に落ち込んだ。

「なんか、すげえ寂しくなった・・・」

「虎徹さん・・・嫉妬、してくれたんですか?」

自分を見下ろしてくるバーナビーの瞳が怖い。今度は虎徹が目線を逸らしたまま、こくり、と頷いた。
バーナビーから離れたくなくて、すり、と体を擦りよせる。

「みっともないだろ?お前の恋人は俺なのに・・・って、悔しくなって。でもって、ニコニコ笑顔振りまいてるお前にも ムカついたから、ちょっとした意趣返しに内緒で誕生日パーティーって訳。あ、勘違いすんなよ?みんなもお前のこと祝いたがって」

いたから、と、続くはずだった言葉が途切れたのは、急に強く引き寄せられたから。
痛いくらいに抱きしめられたのに文句の一つも言えなかったのは、目の前の男が蕩けそうな瞳で自分を見ていたからで。

「嬉しい、虎徹さん・・・」

呆れられる、と予想に反して、バーナビーはテレビでは絶対に見せない笑顔を浮かべていた。

「・・・嬉しいの?バニ―ちゃん」

「当たり前でしょう。貴方が嫉妬してくれて、それをこうして言ってくれたのも初めてです。 毎日毎日僕は貴方の周囲にいるありとあらゆる人や物に嫉妬しているのに・・・」

「そう、なの?」

「貴方に笑いかける者、貴方に話しかける者、貴方に救われた一般市民、貴方が触れる物、存在、僕以外のすべて、 とりあえずムカつきますけど」

「ちょ、バニ―!」

冗談の欠片もないような、真剣な顔で告げられる。物騒な台詞に遮るように慌てて名前を呼び、口元を塞ごうと手を伸ばすと、 するりと長い綺麗な指先が絡みつき、チュッと、指先にキスされてしまった。

「貴方だけだ、貴方が許すなら僕は貴方を僕のものだと言ってしまいたい。我慢してるんですよ、これでも。 いつだって貴方にキスしたいし、肌を撫でまわしたいし、繋がっていたい・・・」

「ぁ・・・・・」

くちゅ、と舌が指先からなぞられ、柔らく暖かい口内に含まれる。
普段は涼しい色をしている瞳に、熱が浮いている。その中に映る自分の姿も熱に浮かされていて、ドクリと心臓が音を立てた。

「貴方は僕のものでしょう?虎徹さん」

指の根元まで舌が這わされ、執拗に付け根の間を舐められる。ゾクゾクと這い上がってくる感覚に、体を震わせながら、うん、と 虎徹は肯定した。

「バニ―だけ、バニ―だけだから、俺も、んぅう・・・ッ!」

熱い唇が虎徹の口を塞ぎ、先程までは掌に感じていたそれが虎徹の舌を絡みとっていく。
ひやりとした感触を胸に感じたことで、バーナビーが器用に片手でボタンを外し、虎徹の肌に触れてきたことにようやく気付いた。
愛おしそうに瞳を細め、まるで壊れ物を扱うように胸を辿り、腰を撫でられる。

「虎徹さん、貴方を僕のものだとみんなに言っていいですか?」

「は、ぁ・・・ダ、メッ・・・・やぁ!」

許さないとでも否定するように、首筋に噛みつかれる。
どうしてですか、と見上げながら噛みついた箇所を舐められて、その感覚に腰が揺れてしまう。
恥ずかしい、と目を染める虎徹に、荒い息使いでバーナビーが再び肌に舌を這わせ始めた。

「いいでしょう、僕のお願い聞いて下さい」

肯定すること以外許さないような声色で、あくまで『お願い』として告げてくることがズルイと思う。
そもそも年下の恋人の『お願い』に虎徹がひどく弱いということも知っていて、こういう風に迫ってくるのだからたちが悪い。
しかも、今日はバーナビーの誕生日なのだ。
叶えてやりたいと思うし、バーナビーの恋人が自分だと堂々と言えたなら、と願ってしまう。
でも、そんなことをしたらどうなる。
途端に世間はその掌を返して、自分たちの関係を否定するに違いない。

「バニ―・・・ぁ・・・他のお願いにして?」

「ダメです」

ぷくりと赤く膨らんだ乳首をいきなり噛まれ、痛みと快感の伴った感覚に背が弓なりに沿った。
もう片方の乳首は指先で優しく触れたまま、きりり、ともう一度噛まれる。

「ゃ、あ、ぁあ・・・」

苦しげに、でもたしかに漏れている喜びの声に、バーナビーがその声も奪うかのような性急なキスをする。
痛いくらいに絡められ、歯列をなぞられ、唾液を吸われ、全力で好きだと告げるようなキスに、頭がクラクラした。

「虎徹さん、好きです、貴方だけです、貴方を僕だけのものだと言うことができたなら、それ以上に幸せなことなんてないのに」

切なくなるような声で、耳元に囁かれ、またキスを送られる。
息苦しさに胸を僅かに叩いても、離してくれない。

(バニ―・・・そんなに、)

そんなに、俺のこと好きなんだ。

酸素が足りなくてフワフワする思考で、そんなことを思い、嬉しくなる。
勝手に震える指先を力強く握り返してくる手に、ただ愛しさばかりが募る。

(叶えてやりたい、な。でも)

世間体とか、と考えを続けようとした虎徹へさらに激しいキスが襲う。
息ができない、苦しくて、ぎゅっと閉じていた瞳を開けば、バーナビーの熱い視線とぶつかって、再び叶えてやりたい、という 気持ちだけが増えた。

「い、いぜ」

バーナビーの髪を撫でながら、息も絶え絶えに、虎徹は笑った。

「本当ですか?」

僅かにだけ息をする瞬間を与え、再びキスを仕掛けてくるバーナビーに、虎徹は何度も頷いた。
必死に彼の舌に自分の舌を絡めて、その美しい髪をぐちゃぐちゃに触れる。

「ほ、んとぉ、だから・・・お前の、もの、だから」

零したのは本音だ。虎徹の気持ちも、体も、全部この男のものに違いない。
そうだと実感する度に、嬉しさがこみ上げてくる自分を末期だとも思う。
だから彼がそれを望むなら、そうなってやりたい。
それは本当の気持ちだ。
今ぐらい、叶えてやってもいい。
例え現実にできない夢だとしても、今だけでも。

「嬉しいです、虎徹さん・・・貴方は僕のものだ」

本当に幸せそうに微笑みながら、顔中にキスの雨が降ってくる。
その後、力の抜けていた体を姫抱きで寝室へ運ばれ、柔らかなベッドに横たえられると、すぐにバーナビーは馬乗りになって 虎徹の肌に吸いついてきた。

「ん、やぁ、バニ・・・ィ、待って・・・」

首筋に噛みつきながら興奮する男の息使いに虎徹自身も煽られながら、どうにか言葉を洩らす。
キスマークをいくつもつけながら、視線で言葉の続きを促された。
襟元までボタンをつけても隠しきれないような位置にまで、痕がつけられている。
いつもはそれを許さないけれど、今日だけは。
甘やかしたくて、愛しくて、大好きな恋人に、虎徹は心からの祝福を送った。

「誕生日おめでとう、バニ―」














そうして、明け方まで抱き合った数時間後。
出動要請、そして、事件解決後のヒーローインタビューで、

『ワイルドタイガーは、僕の最愛の人です』

恋人の爆弾発言に、バーナビーという男の認識を甘かったことに虎徹が頭を抱えることになるのは、また別の話。



戯言のお願い
(なんて思ったら、大間違いですよ?虎徹さん)














 END.










遅ればせながら(遅くなり過ぎですね)、一応バニ―誕生日話です。
こんな話ですみません・・・orz
続きを書こうかどうか迷い中。
とにもかくにも、バニ―ちゃん誕生日おめでとう!大好きだ!




2011年11月16日