ただ、一人でいたかった。
誰かと共に時を過ごすことを心から喜ばしく感じることなんて永遠にこない。
歓喜など一瞬の幻影だと・・・心も、体も、やがては冷めていく。
誰にそれを求めても、触れても、俺の指先の熱は消えて、情熱なんてものは俺の中にはないのだと思い知る。
やがてはなくなるものならば、それはただの幻影でも構わない。
ふと思い出したかのように、灯る程度の、そんな微熱で構わない。
冷めきる前の少しの熱が、永遠に続くように・・・だから、一人でいたかった。
遠く、新しい年を迎えることを知らせる鐘の音が鳴った。
静かな夜だ。デイバンの街の至るところで新年を祝う騒がしい祭りのようなパーティーが行われているのだろうが、
当然ここまでその音色は届かない。
街に灯る家々の淡い灯りだけがベルナルドの眼下にひたすら続いている。
深夜のこの時間であれば、普段ならばその灯りはまばらであるはずなのに、今日はほとんどの家からそれが消えず、
見事な夜景へと変貌している。
小さな灯り、大きな灯り、いろんな大きさのそれが街を彩り、広場だろう辺りでは人が集まって騒いでいるらしく、光の塊が動いている
のが分かる。
今日だけだ、毎年この日にだけ、この光景を目にすることができる。
明日になればまた街には転々とした光が灯り、いつもの見慣れた夜景へと戻ってしまうからこそ、ベルナルドにとって
この光景を見ることで、また新しい年がきたんだと実感できる。
綺麗だ、そう心の中で零した。
(こんなにも、綺麗だっただろうか)
何年も、この光景を見てきた。
年を越す時間だけは、仕事も部下へと放り投げた。
決まった場所などはなかったが、一人静かに過ごせる場所を選んで、ホテルなり、その日のために用意した隠れ家なり、
街を見渡せる場所を選んで。
そうして静かに願う。
この平和なる灯りを、来年も、再来年も、変わらず目に映せることを。
自分の力がそれを作り出す一片であり続けられることを。
それだけが生きる意味・・・証だった。
「ベットが寒いんですけど〜」
ふわりと薫る、甘いとすら思える香り。
続いてベルナルドを包む肌の温もり。
後ろから抱きしめてきた暖かさの存在に、ジワリとベルナルドは胸に何かが溢れだす錯覚を覚える。
上半身は何も身につけず窓際で夜景を見ていた肌はベルナルド自身が思っていたよりも冷えていたらしく、シーツをまとったまま
触れてきた恋人の体温が優しく温めていく。
窓に触れていた右手にもそっと指先が絡んできて、冷え切っていたそれに熱を分け与えようとするかのように重なった。
「ゴメンよ、夜景をみたくなって」
ジャン、声にはあえて出さず、自分の手に絡んだ指先へとキスを一つ落とした。
「・・・すげぇ冷えてんじゃんか、バカ」
「うん、そうみたいだ・・・お前は暖かいね、ジャン」
その暖かさはまるで、肌よりも奥の、もっと深くの何かにまで届くような・・・
自分の中に浸透していく温もりに、ベルナルドの口元に笑みが浮かぶ。
腰に回されていたジャンの両手に、わずかに力が籠った。ん?伺うようにそっと視線だけそちらへと向ければ、ジャンの視線は
夜景へと向いていた。
「・・・綺麗だな」
「あぁ、お前が作り出している灯りだよ」
「違う、俺たちが、だろ?」
笑って、少し窘めるように訂正される。
窓から入ってくる月明かりだけが二人の姿を淡く照らしており、ギュッと背中へと顔をうずめているジャンの表情はベルナルドからは
伺うことはできないが、ふわりと揺れる金髪がとても鮮やかだと感じた。
あぁ、そういえば室内灯をつけなくなってどれくらいだろうか。
それなりの時間は経過しているはずだけれど、多少の不安や恐怖は、まだ、たしかにある。
無意識のうちに震えが現れていることもあるし、理解できない焦燥感のような感覚に襲われることもあるけれど、
それでも、暗闇の中ですら笑えるようになった。
例えば、ベルナルドにとって「暗闇」は一生克服できないトラウマなのだとしても、以前のように絶望に浸ることもなくなった。
自分の指よりも細いそれに、愛しさを詰め込んで指先を絡めようとすれば、すぐにジャンからも同じことを望むようにそっと動いて
くれる。
繋がりあった手と手。どうしてだろうか、それだけでどうして、こんなにも満たされるのだろうか。
最高のものを少しだけ。それだけでいい、接種し過ぎることは決してしたくなかった。
その至福に溺れてしまったら、いつかきっとそれを欲しない時がくる・・・
「絶対」や「永遠」だと一時はたしかに感じていた彼女に対する想いですら、やがては冷めていったように。
情熱なんてものは所詮自分の中にはないのだと、突き落とされることが何よりも恐ろしかった。
(こんな風に変わることもできるんだな、人は)
今では湧きあがる感情に翻弄されるばかりで、それはこの年になって初めて経験するような、そんな甘かったり苦かったり、
自身でも笑ってしまいそうなくらい青少年のような感情だから困ってしまう。(それと比例するようにとても可愛い恋人には
お見せできないドロドロしたものもいっぱいあるけれど、ね)
知らなかったことも、気づかなかったものも、ジャンといれば。
「俺は、ちゃんと人だったんだね」
嘆くつもりも、過去の自分の生き方を後悔するつもりもない。その言葉からそんな感情が含まれていないことは、ジャンにも分かった。
だから、また考え込んでやがったな、とだけ零すだけに留まった。
ベルナルドの腰に回し、絡めていた指先をゆっくりと解く。
ジャンの次の行動が分からずに少し瞳を揺らして覗きこんできた男を安心させる笑みを浮かべると、前へと回り、ベルナルドと
視線をしっかりと絡ませたまま、背だけは高いくせに細いラインの体へともう一度身を寄せる。
「何を言ってんだか。アンタは、ここにいるだろうが・・・ずっと」
長い指先が、ベルナルドの胸元をなぞる。心臓にあたりを触れるように、何度も行きかうその動きは、とても優しかった。
「CR:5と・・・俺と・・・生きてるだろ」
「・・・あぁ」
「アンタが寒さに気づかないで凍えてる時はこうして温めてやるから、安心しろ」
変わりたくても、変われない。
変わらずにいたくても、変わっていく。
それが世界であり、人であると、そう思っていた。
窓の外に広がる景色。あの灯りが明日にはあっさりとなくなるように。
いくら願ったって、やがては訪れる夜という闇のように。
それでも、きっと。
「お前だけが、俺の光だ」
これだけは変わらない。一片の迷いも、曇りもなく。
言葉にしてみたら、何とも頼りない、存在しないだろうと思っていた「絶対」や「永遠」というべきものだ。
ジャンの白い肌に、少しだけ赤みが差す。小さく笑うと、背伸びをして、薄らと目を開けたままキスをくれる。
あっさりと離れていこうとするその温もりをまだ味わいたくて、足りなくて、小さな唇に今度はこちらからキスをしかければ、
驚きと共にいつもの笑みの形になって、答えてくれる。
「―――ぁ、は・・・・」
ゆっくりと唇を離せば、甘い声を漏らした恋人の薄らと潤んだ瞳とぶつかって。
「Buon Anno」
耳元でそう囁けば、鮮やかに、何よりも美しく微笑んでくれる。
この光だけは消えることはない。
そして、自分の中にある情熱も、きっと。